産後高血圧と生まれる前の記憶VOL.3

娘とピロートーク

どうも、こんにちは。

2019年6月に第2子出産後、降圧剤ニフェジピンCRで治療中💊

  • ニフェジピンCR20mg 1日2錠(朝夕20mgずつ)1日40mg
  • 産後2ヶ月 ニフェジピンCR 朝20mg 夕10mg 1日30mg
  • 産後3ヶ月 ニフェジピンCR 朝10mg 夕10mg 1日20mg
  • 産後5ヶ月 ニフェジピンCR 夜のみ10mg 1日10mg ←今ココ❣️

薬を半分にしてから4日目の本日、、、。

今朝の血圧は、、、、126/78でした。

今日も超合格点!!循環器内科の先生曰くの「125/80未満目標!」から1だけはみ出ただけだから良しとしよう!

今月の血圧推移は以下です。🦑🦑🦑

産後高血圧の体験記や気分転換方法などはこちらへどうぞ。

さてさて本日は娘が話した「生まれる前の記憶」の続編です。

前記事はこちら

産後高血圧と生まれる前の記憶VOL.1(太陽と満月)

産後高血圧と生まれる前の記憶VOL.2

今日書こうと思っているのは、べらべらと喋り出した2018年元日後の1/6〜10あたりの会話です。変化としては、寝る前のピロートークじゃなくても、昼間歩いていても普通に言うときは言うってことです(笑)。

1/6

近所を散歩していて高層ビルの屋上を指して、「◯◯ちゃんのお仕事はあそこだよ、あの一番上。」とのこと。前もそんなこと言ってたが、その時は母の会社の仕事を真似して言ってるんだろうくらいに思っていた。ブレずに同じビルの上を指している。後々わかったことだが、そのビルが特別なのではなくて、とにかくすごく高い場所という意味だった。また次回書くがすごく高い場所から「紫の梯子車で降りてきた」などと表現したりする。

また、「優しいお仕事だったんだけど、今は怖いお仕事なの。」とか、「優しい気持ちと怖い気持ちで組み立てるの」というような表現をしていた。詳しく教えてもらおうとすると「また夜に話すね」と言いました笑。

1/8

寝る前に私が「頭痛いから早く寝よう」と言ったら、娘が両手を私の頭に乗せて、「頭痛いの良くなりますように」とよしよしとしてくれた。

母「◯◯ちゃんいつもお母さんに優しくしてくれてありがとう」と言ったら、

娘「そう、お仕事、お母さんに優しくするためにこの世界に来たの(両手を指差す形、ピストルみたいな?にして自分の胸のところを指して)」と言った。最後のポーズがたまらなくて、ドキドキした記憶がある笑。

1/9か10

娘「赤ちゃんはね、新しい家に行ってから来る、女の子だよ。お父さん男1人www」て笑ってた。この予言めいたものは少し当たっていて、新しい家に引っ越した2018年秋に子を授かり、2019年に出産した。娘の予言時は良いところ有れば引っ越したいとは話していたけど、引っ越し先は何も決まってなかった!ただし、生まれてきたのは男の子だった❤️。

加えて、娘は「◯◯ちゃんはね、男の子と女の子を産むの。」と言ってた。将来当たるか楽しみ!

本日はこのくらいで。

3歳半の子どもが考えたにしてはすごい内容だと感じることを、いつも流暢に話すので、ドキドキする。しかも私は度々、「あ、そういえば、前言ってた話さー」とか言って聞き直すけど、内容が一切ブレないから、それがまた面白いなあ。優しいお仕事、私もしないと!

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